佐賀県吉野ヶ里町|天草・佐賀・対馬のよりみち旅18〜広大な吉野ヶ里遺跡

佐賀県といえば有名な「吉野ヶ里遺跡」があります。「吉野ヶ里遺跡」のある、「吉野ケ里公園」をよりみちして回りました。佐賀県佐賀市の隣、神埼郡吉野ヶ里町にある有料の施設です。

吉野ヶ里歴史公園の広さは東京ドーム25個分だそうです。とてつもなく広いです。広いので園内には無料巡回バスも走っています。遺跡のエリアと、公園のエリアがあるので、今回は遺跡エリアを巡ってみました。全体の半分くらいを回っただけですが、半日かかりました。

[吉野ヶ里歴史公園]

【よりみちレポート】佐賀県吉野ヶ里町|天草・佐賀・対馬のよりみち旅18〜広大な吉野ヶ里遺跡

日時:2018年8月〜9月
エリア:佐賀県(神埼郡吉野ヶ里町)

天草・佐賀・対馬をよりみち旅しました。

よりみちスポット

武雄温泉駅から吉野ヶ里公園駅へ

「吉野ヶ里遺跡」の最寄り駅「吉野ヶ里公園駅」へは、武雄温泉駅からJR直通で行くことができます。50分ほどの乗車です。

途中、佐賀駅を越えていきます。その際、乗り換えが必要な列車や、長めに停車する列車もあります。

武道館のような形をした「吉野ヶ里公園駅」に到着。ここから吉野ヶ里遺跡のある「吉野ヶ里公園」までは歩いて10分ほどかかります。

JRだとこの駅が最寄り駅ですが、佐賀駅からバスで行くこともできます。そちらの方が公園の入り口までは近いです。

駅から吉野ヶ里公園までの風景

「吉野ヶ里公園駅」の前にある駐輪場のところに、吉野ヶ里歴史公園まであと650mの看板があります。看板に書いてある吉野ヶ里遺跡のイメージキャラクターは「ひみか」です。この日はJRが主催するウォーキング大会もあり、結構歩く人も多くいました。

駅前の道を行きますが・・・どこに公園があるんだ!というくらい真っ直ぐな道。まだ公園は見えません。

青々と育った畑の中をずんずんと進んでいきます。よく見てみると、右のあたりに、遺跡に復元された昔の建物の屋根がチラッとだけ見えていますが、まだまだ遠そうです。

駅から公園までは屋根がなく、日陰がないので、炎天下で歩くのは大変だと思います。歩くのを減らしたい方は、佐賀駅からのバスの利用をお勧めします。

やっと「吉野ヶ里歴史公園」の入り口へ。遺跡への入り口はまだ先です。

公園入り口付近では、「吉野ヶ里夢ロマン軽トラ市」という朝市が開催されてました。駐車場には軽トラなどがとめられていて、新鮮な野菜や果物、海産物、加工品、工芸品等、自慢の品物を軽トラの荷台で直接販売されていたりします。毎月第1日曜の午前中に催される朝市です。

軽トラ市でようかい手々てん発見。

朝市を抜けるとようやく入り口が見えてきます。写真を撮りながら来たので、駅から遺跡の入り口まで30分かかりました。

入場料は460円で、年間パスポートや、2日券もあります。

吉野ケ里歴史公園の遺跡エリア「環壕集落ゾーン」の風景

「吉野ヶ里歴史公園」は文化的資産である「吉野ヶ里遺跡」の保存及び活用を図るために、国土交通省と佐賀県とで整備が進められている都市公園です。

総面積は約117ヘクタールあります。映像施設やレストランがある歴史公園センターを中心とした「入口ゾーン」、階層の高い人たちが暮らしていたといわれる南内郭や「クニ」のまつりごとをつかさどった所といわれる北内郭からなる「環壕集落ゾーン」、約20ヘクタールの広さがあり、さまざまなレクリエーションが楽しめる「古代の原ゾーン」の3つのエリアからできています。

また「古代の森ゾーン」は、公園北部に広がる脊振山系の在来植物を土壌を含め移植することで、弥生時代の森を再現し、森の中でさまざまな学習や生活体験などが楽しめるゾーンとなっています。

吉野ヶ里歴史公園の入り口では、マスコットのひみかちゃんがお出迎え。公園内は、ほぼ屋根のない屋外を歩くことになるので、頭にかぶる傘も入り口のところで借りられます。

今回は遺跡の建物が再現されている「環壕集落ゾーン」をよりみちしてまわりました。

「天の浮橋」を渡って吉野ヶ里遺跡へタイムスリップ。ミストがまかれていて、少しだけ涼しげ。でも暑さが勝ってました。

いざ公園内へ。もう、広い感じが出てますね。バスが通れるくらいの広い道です。

道の脇をよく見てみると、木で作ったイノシシがいたりします。干支を先取りです。木陰にいられて涼しそうです。

「天の浮橋」を渡ってすぐのところにあるのが、今回よりみちしてまわりまる「環壕集落ゾーン」です。

いい天気。暑い。そして、遮るものがない。広くて気持ちがいいです。写真を撮るにはいいですが、夏の炎天下は少々きついです。

「南内郭」には、王や支配者層が住んでいた場所が再現されています。周囲を環壕と城柵で囲まれ、敵を見張ると同時に吉野ヶ里集落の権威を示すシンボル的役割を持っていた物見櫓と考えられる建物跡が見つかっているそうです。

南内郭の近辺からは青銅器鋳型が発見されており、青銅器や玉などの祭具の制作や調達を担っていた可能性が考えられます。ですから、南内郭の居住者達は祭司者的性格を持ち、かつ政治・行政を司った者たちであったと想定されます。また、最高政治権者(王)は祭司者の統括者としての役割も担っていたと考えられます。

展示してある竪穴式住居や櫓などは、だいたい中に入ることができます。

櫓の上に登ってみました。やっぱり広〜い!

櫓の上で出会ったようかい手々てんさん。

「南内郭」にある「集会の館」の建物の前に「涼」の札がかかっていました。こちらで、無料の冷たいお茶がいただけました。みんな集まってきていました。

「北内郭」は、まつりごとの場所だと推測されています。入り口のところが、真っ直ぐ入ってこられないように鍵形に折れ曲がった構造をしています。こうした造りは古代中国の城郭都市に多く見られ、吉野ヶ里が大きな影響を受けていることを示しています。

また、中をのぞくことができないよう、隙間のない板壁で復元されています。

「北内郭」の周りにははぐるっと板壁の他にも、環壕が二重にはりめぐらされています。これで、攻め入りにくくしています。

「北内郭」には、大きな「主祭殿」が再現されています。こちらの建物も、中に入ることができます。階段で3階まで上がっていきます。

吉野ヶ里のクニ全体の重要な事柄を決める会議を行ったり、祖先の霊への祈りや祀りを行ったりした、中心的な建物の「主祭殿」は吉野ヶ里環壕集落内で最大規模の建物です。

歴代の王の墓とされている「北墳丘墓」。向こうに小高く盛られた丘のようなところがありますが、これが「北墳丘墓」です。中に入って見学ができます。

「北墳丘墓」の内部は発見された甕棺などがそのまま展示されています。暑い日には冷房が効いていて、ありがたい展示施設です。

歩くだけでヘトヘトになる距離ですが、素敵な風景がいっぱいです。

祭り・政治・儀礼などの道具を作る場所を再現した「中のムラ」。北内郭で行われる祭りや儀式、政事に使ういろいろなものを神に仕える司祭者たちが作っていた場所と考えられています。神に捧げるお酒を造ったり、蚕を飼って絹糸を紡ぎ、絹の織物を作ったり、さらには祭りに使う道具なども作られていたと考えられています。

倉が建ち並ぶエリアもあります。

古代米の黒米も栽培されていました。確かに、黒っぽい色合いの稲穂です。

環濠の中へ下りてを歩けるところもありました。これだけの深さがあると、上って戻ってくるのはなかなか大変そうです。

レストランで「佐賀牛ハンバーグ」

「吉野ヶ里歴史公園」内には、売店やレストランがありません。自動販売機で飲み物を購入できるくらいです。

レストランは、公園入口のところしかありません。戻ってきて「吉野ヶ里歴史公園レストラン」でランチをいただきました。ここしか食べられるところがないので、結構混み合います。

佐賀牛を使用したハンバーグ定食をいただきました。大根おろしの乗ったあっさり和風味で暑い日でもさっぱりといただけました。ご飯には黒米が混ぜられてました。プチッとした食感が面白いです。


吉野ヶ里遺跡は、ちょっとだけみて回ろうと思ってましたが、ちょっとだけなんてもったいない!遺跡エリアをざっと回っただけでしたが、3時間くらいはかかりました。一日いても回りきれないくらいのボリュームがありますね。回るときは、半日以上は時間をとって回った方がいいと思います。

これで、ようやく佐賀市へ向かいます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です