島根県隠岐の島町|隠岐へ行こう9〜島後北側へよりみち観光「福浦」と「五箇」

2019年夏のよりみち旅は「そうだ、隠岐へ行こう!」ということで、島根県の隠岐の4つの島を巡りました。島後の「隠岐の島町」の北部をよりみち観光しました。「福浦」「五箇」の周辺をよりみち。観光スポットや、立ち寄り湯できる温泉などがありました。

隠岐の島町のバスに乗る際に注意しておいた方がいいことがありますので、バス乗車体験記もかいてみました。

【よりみちレポート】島根県隠岐の島町|隠岐へ行こう9〜島後北側へよりみち観光

日時:2019年8月
エリア:島根県(隠岐郡隠岐の島町)

隠岐島4島(西ノ島、知夫里島、中ノ島、隠岐の島)をめぐりました。

よりみちスポット

隠岐の島町のバスは難しい

島後の北部へよりみちをするため、「隠岐ポートプラザバス停」から隠岐一畑交通の路線バスの五箇線に乗ります。行き先は「福浦」です。

そこまでわかっていたのですが、危うく乗り損ねるところでした。

定刻にやってきたバスは「隠岐病院行き」。これを見て、「福浦行き」だと察するのは無理だと思います。運転手に確認して、ようやくこのバスが「福浦」まで行くバスだとわかりました。かなり不親切な表示です。

バス路線の図を見てみても、西郷港周辺は全部の行き先が重なっているし、循環しているように途中で交差していくように書かれているので、どういう順路で通っていくのか、全くわかりません。

乗車してみて初めてわかったことは、「接続便」というのがあるということと、便によって循環する道順が違うということ。

だいたいのバスは、「隠岐一畑交通営業所」を始発に、まずは海沿いの西郷港のある「隠岐ポートプラザ」を通ります。その後、永代橋を通って、八尾川沿いの集落を進んで、「隠岐の島町役場前」を通ります。そこから北へ向かって、「隠岐病院」まで行きます。

「隠岐病院」に着くと、そこから引き返す便は「隠岐一畑交通営業所行き」の表示になります。そのほかに「接続便」というのがあって、別の行き先に変更されますが、そのまま乗り続けられるという意味で「接続」と表現しています。乗り継いでの「接続」ではなく、そのまま乗っていてもいいですよという意味の「接続」です。

ですから、最初に乗る予定だった五箇線の「福浦行き」のバスも、「隠岐病院」までは「隠岐病院行き」の表示を出していて、「隠岐病院バス停」に到着すると、表示を「福浦行き」と変更して、そのまま乗り続けることができる感じでした。

これは、初めて乗る旅行者にとっては、かなりの難問だと思います。

今回分かったことは、とりあえず運転手に確認すること。自信がなかったら、恥ずかしがらずに、ちゃんと聞いた方が良さそうです。

ちなみに、「福浦行き」のこのバスを逃すと、次のバスは4時間後です。隠岐の島町のバスはかなり本数が少ないので、注意してくださいね。

「福浦トンネル」の福浦側(西側)へ

路線バス「五箇線」の「福浦バス停」までは、ポートプラザから50分ほどの乗車です。「福浦」から少し戻った「新福浦トンネル」のあたりに、「福浦トンネル」への案内看板が立っています。隠岐一畑交通のホームページなどには載っていませんが、「福浦バス停」の一つ手前に「ログハウス前バス停」があります。こちらが、「福浦トンネル」への最寄りバス停です。やはり、不親切ですね。

バス停の名前に「ログハウス」とありますが、すぐ近くに「ホテル海音里」というホテルがあって、一棟貸しのログハウスタイプの宿泊施設もあります。

「福浦トンネル」というのは、交通の難所であったのをノミを使い手掘りで掘ったトンネル。手掘りのトンネルは2本あり、海側が明治のはじめ、山側が明治34年にできたであろうと云われています。

時代の移り変わりとともに、徒歩から荷車、そして自動車へと交通手段が推移とともに、始め明治時代に海側に手掘りによる小さいトンネルが掘られ、後に山側にノミとダイナマイトで2代目を、さらに2代目を重機で拡張した3代目が作られました。そんな時代の移り変わりを感じられるところです。

この「福浦トンネル」は、最近の観光案内には積極的にはアピールをしていません。なぜかというと、軟らかい地質の火砕流の跡をくり抜いたトンネルなので、崩落の危険性があるのです。ですから、トンネル内への立ち入りが禁止されて、通り抜けることはできません。海側から遠目に眺めることはできるそうなので、現在の様子を見によりみちしてみました。

「福浦トンネル」の西側の入り口を目指します。海沿いの道を進んでいきます。

明らかに誰も訪れていないような感じで、蜘蛛の巣が張られていました。舗装されていますが、手入れはされておらず、草が生え放題でした。「福浦トンネル」の青い看板のあるところから、15分ほど歩くと、「福浦洞門」に到着。左の方の岩場に穴が空いているのがみえます。

「福浦洞門」を進むと、「立入禁止」の看板があり、ロープが張られていますので、ここで引き返します。車が通れそうなくらいの広さはあります。トンネルの向こうにもまだ次のトンネルが続いています。向こうにもロープが張ってあるのがみえます。

海沿いを見てみると、岩場に掘られたトンネルの穴が見えます。あれを手掘りで開けたんですね。すごい労力だったと思います。岩場沿いに右の方へ道が続いていて、ちょうど手前の岩場に隠れていますが、もう一つトンネルが掘られています。

昔のパンフレットに載っているのは、こちら側からの風景のようです。

通り抜けができないので、「福浦トンネル」の東側「重栖」からの入り口にもよりみちしてみます。

「福浦トンネル」の重栖側(東側)へ

「新福浦トンネル」を越えたところから、重栖川沿いをいきます。ほとんど民家がなく、とても殺伐とした寂しげな風景が続きます。風が強く吹く中、雨が降ってきて、ちょっと怖かったです。

途中で、分かれ道がありました。重栖川から続く海沿いに行くと、赤崎港があります。ここからは、隠岐の島の観光スポット「ローソク島」を海から見る事ができる、「ローソク島遊覧船」が出ています。福浦にも乗り場があって、便によってどちらか変わるみたいです。

分かれ道を左へ行くと、再び海沿いに出ました。その先にトンネルが見えてきました。

「新福浦トンネル」のあたりから、歩いて20分ほどかかりました。

重栖側の入り口も「立入禁止」の看板と、ロープが張ってあって中に入れません。

ここには「福浦トンネル」についての解説が書いてある看板が設置されていました。地質学的にも貴重な黒曜石の断崖が見られて面白い場所なんだそうです。

こうやって、遠回りして行ってみると、トンネルってありがたいですね。福浦側の入り口から、重栖側の入り口までトンネルを使わずに行くと、1時間弱かかりますが、トンネルを通れば数分で行けちゃいそうです。

よりみちしてみて分かったことは、手掘りのトンネルが見えるのは、西の福浦側。でも、草が生い茂っている道を行く。

行きやすくて、解説看板があるのが、東の重栖側。

お時間ありましたら、よりみちしてみてはいかがでしょうか。

「福浦トンネル」から五箇地区へ

「福浦トンネル」から戻ってきました。重栖から、五箇地区の方へ歩いて行きます。

この辺りは、山に囲まれた中に、田んぼの風景が広がっていました。日本酒づくりもしますので、米どころでもありますね。

途中で雨が激しくなってきたので、ログハウス風の「重栖バス停」で雨宿り。こちらも、隠岐一畑交通のホームページには掲載されていないバス停です。

こういう時に、雨雲の動きがわかるアプリがとっても役に立ちます。あと20分ほどで止むという予報が出ていたので、しばし、雨の音を聞きながら、ゆっくり過ごしました。

「重栖バス停」から10分ほど歩くと、立ち寄り湯ができる「隠岐温泉GOKA」がありました。営業が午後2時からということで、後ほどよりみちしてみました。先に「隠岐郷土館」の方面までよりみちしていきます。

「隠岐温泉GOKA」からすぐのところに「隠岐の島町五箇支所」があります。このあたりに五箇の集落があります。地元の年配の方々が集まって何かされていました。

「隠岐の島町五箇支所」から5分ほど歩いた重栖川沿いのところに、ようやく商店がありました。「新屋敷商店」。日用品や食料品、地元のお酒「隠岐誉」などが置いてありました。

「送ってあげようか」と嬉しいお言葉をいただきましたが、歩いてみたかったので、お気持ちだけありがたくいただきました。

「新屋敷商店」にて、ようかい手々てん発見。

しばらく「重栖川」沿いをいきます。事前に宿泊施設を調べたときに、このあたりに築100年の古民家を利用した「古民家ゲストハウス燻家」というところがあって、気になっていました。「重栖川」の向こう岸にあります。

「隠岐の島町立 五箇小学校」を通ります。味のある木造建築でした。もう少しで、「隠岐郷土館」「五箇創生館」「水若酢神社」に着きます。

「五箇創生館」と「隠岐郷土館」

「五箇創生館」に到着。「福浦トンネル」を出て、雨宿りしながら、1時間半ほどかかりました。

隠岐の伝統芸能や自然に関する資料の展示や、「牛突き」や「古典相撲」などの隠岐の伝統文化を映像にして放映。五箇には、「一夜ヶ獄牛突き場」があり、年に3回開催される牛突きの本場所大会の最後が秋にここで行われます。

隠岐郷土館・五箇創生館セット入館料は650円です。

「五箇創生館」のすぐ近くにある「隠岐郷土館」は、明治時代の隠岐郡役所を移築・修復した洋風館で県指定有形文化財です。とてもモダンなつくりの建物です。民俗関係の資料を展示されています。

「水若酢神社」と「水若酢神社古墳群」

「五箇創生館」「隠岐郷土館」の近くに隠岐國一之宮「水若酢(みずわかす)神社」があります。建立年は寛政7年(1795)で歴史ある神社です。

神社に伝わる祭礼風流(ふりゅう)は、玉若酢命神社の御霊会風流と武良祭風流とともに隠岐三大祭りの一つで昭和48年に県の無形文化財に指定されています。流鏑馬なども行われます。

境内は広く、こちらにも土俵があります。20年に1度ここで隠岐の島の伝統行事、遷宮相撲が行われます。

水若酢神社のご利益は、「良縁」「経済的巧徳」と言われています。

水若酢神社の境内には「水若酢神社古墳群」という2基の古墳があります。隠岐にも古墳が残されているんですね。

6世紀中頃~7世紀頃の土器や太刀などの鉄製品、装飾品が埋葬されています。横穴式石室の長さは11メートルで隠岐の中では最大級のものとなっています。

「喫茶木かげ」で隠岐そば

「五箇創生館」にある「喫茶木かげ」でランチをいただきました。「隠岐そば」がおすすめということで、「隠岐そば定食」をいただきました。

隠岐そばに、「ばくだんおにぎり」がついてきます。でかい!エリーゼさんの顔が隠れるくらい大きかったです。

味のついたご飯を、岩のりで巻いてあります。海苔の風味が広がって、大きいですが、結構ぺろっと食べれます。

隠岐蕎麦は、つなぎを入れない、蕎麦粉100%の十割蕎麦です。見た目の特徴は、太くて短い感じです。つなぎを入れないので、長く作っても、短く切れてしまうので、初めから短いんですね。しっかりとしたお蕎麦の味を感じます。

出汁は鯖ダシです。刻んだゆずも効いています。そばにも特産の岩のりが載っています。香ばしい味のツユで、ご飯を入れてすすりたくなりました。

それ以外のメニューで「竹島海鮮カレー」も気になりました。ご飯で島根県の竹島の形をつくってあります。カレーはサザエカレーです。

「喫茶木かげ」にてようかい手々てん発見。

「隠岐温泉GOKA」へ

午後2時を過ぎたので、戻って「隠岐温泉GOKA」に入浴してきました。最初に通った時は、雨で道が濡れていましたが、午後になってずいぶん乾いてきていました。こちらの温泉の泉質はナトリウム-炭酸水素塩泉。入浴料は500円です。

こちらの施設の特徴は、普通の浴場のほかに、水着を着て入るバーデゾーンがあります。バーデゾーンは、まわりがガラス張りになっていて、外の田んぼの風景が見えます。

長閑な風景を見つつ、寝湯やジェットバスに入るのもいいですね。

バーデゾーンを利用していたのは、ウーーノの他に1人だけでした。ここでバス待ちをしましたが、ついには独り占めになりました。

休憩スペースでは、うどん屋おでんなどで、ちょっとした食事もできます。

有名人のサインも貼ってあります。隠岐マラソンがあるので、川内優輝選手のサインがありました。なぜか関ジャニの村上信五や南海キャンディーズのしずちゃんの写真もありました。


帰りはピンク色をした小さめでかわいいバスがきました。

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